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福島地方裁判所 昭和44年(ワ)327号 判決

原告 増子弘政 ほか一名

補助参加人 国

訴訟代理人 佐々木林太郎 ほか二名

被告 中井キミ

主文

一、被告は、原告増子弘政に対し別紙物件目録第一記載の土地につき、原告天野政芳に対し別紙物件目録第二記載の土地につき、それぞれ真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

(主位的請求)

1 主文第一項と同旨

(予備的請求)

2 被告は、原告増子弘政(以下「原告増子」という)に対し別紙物件目録第一記載の土地(以下「本件甲地」という)につき、原告天野政芳(以下「原告天野」という)に対し別紙物件目録第二記載の土地(以下「本件乙地」という)につき、それぞれ、昭和四三年一〇月二日の時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一、請求原因

(原告ら)

1 国(福島県知事)は、昭和二三年一〇月二日、被告の父中井定信(以下「定信」という)から本件甲地および本件乙地を、自作農創設特別措置法(以下「自創法」という)第一五条第一項第二号により、原告らの申請によつてたてられた買収計画に基づき買収し、昭和二四年二月一五日、買収令書を定信に交付した。

2 原告増子は、本件甲地を、原告天野は本件乙地を、昭和二三年一〇月二日自創法第二九条第二項により、農業用施設である宅地として、国から売渡しを受け、売渡通知書の交付を受けた。

3 ところが、被告は定信から本件甲、乙両地の贈与を受けたとして、昭和四二年一二月一五日所有権移転登記を経由し、登記名義人となつた。

4 原告増子は本件甲地につき、原告天野は本件乙地につき、被告から真正な登記名義を回復するため直接に原告らに所有権移転登記をすることについて中間者である補助参加人国の同意を得た。

5 仮りに前記主張が認められないとしても、原告らは、昭和二三年一〇月二日および昭和四三年一〇月一日に原告増子は本件甲地上の、原告天野は本件乙地上の家屋に居住して、それぞれ当該土地を占有しているから、二〇年の取得時効により昭和四三年一〇月二日にそれぞれの土地の所有権を取得した。

6 よつて、被告に対して、原告増子は本件甲地について、原告天野は本件乙地について、主位的に真正な登記名義の回復を、予備的に時効取得を、それぞれ原因とする所有権移転登記手続をすることを求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実を否認する。原告増子分の地積は七九六・六九m2(二四一坪)である。

2  同2の中、原告らに売渡通知書の交付されたことは知らない、その余の事実を否認する。

3  同3の事実を認める。

4  同5の事実を認める。

三、抗弁

1  仮りに、補助参加人国が本件甲、乙両地を定信から買収し、原告らに売り渡したとしても、被告は定信から昭和四二年一二月七日右各土地の贈与を受けたものであるから、原告らは被告に対し、その所有権取得を対抗することができない。

2(一)  原告天野は昭和一三年ごろから、原告増子は昭和一六年ごろから、それぞれ建物所有のため本件乙地または甲地の一部を定信から賃借して占有して来たものであるから、所有の意思を有しない。

(二)  原告らは売渡通知書により所有権移転登記をすることができなかつたこと、定信が本件甲、乙両地の買収計画について異議、訴願、訴訟と争つたが、訴訟で証人となつた原告らはその事情を知つていたものであるから、原告らの占有は、所有の意思をもつた平穏、公然の占有ではない。

(三)  仮りに原告らが本件土地を時効取得したとしても、被告は前記のとおり定信から贈与を受けたものであるから、被告に対し、その所有権取得を対抗することができない。

四、抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実を争う。

2(一)  同2(一)の中、原告らが本件甲、乙両地を昭和二三年一〇月二日まで賃借していたことを認める。

(二)  同2(二)の事実を争う。

(三)  同2(三)の事実を争う。

五、再抗弁

1  定信は、昭和二四年二月二〇日福島地方裁判所に対して本件土地買収計画取消しの訴を提起したが、請求を棄却され、更に控訴、上告したがいづれも棄却されて確定したのに、本件甲、乙両地について買収および売渡しを原因とする所有権移転登記手続がなされていないことを奇貨として、被告に対し、右土地を贈与したとして、昭和四二年一二月一五日所有権移転登記を経由したが、右贈与は定信と被告とが通謀してなした虚偽の意思表示である。

2  かりにそうでないとしても、被告は、定信の二女であり、本件各土地買収当時、すでに成年に達していて、本件各土地が国に買収され、原告らに売り渡されたことを熟知していながら、定信と通謀して、原告らを害する目的で、定信から贈与を受けたものであるから、背信的悪意者であるというべきであり、原告らの所有権取得を否定できない。

3  被告は、本件土地の買収に伴う移転登記義務については、定信と実質上同一の法律的地位にあるから、原告らの登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当らない。

六、再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の中、原告主張の請求棄却の判決が確定したこと、被告が定信から本件土地の贈与を受け、登記を経由したことを認め、その余の事実を否認する。

2  同2の中、被告が定信の二女で買収当時成年に達していたことを認め、その余の事実を否認する。

3  同3の事実を否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

〈証拠省略〉および弁論の全趣旨を総合すると、原告増子は昭和一六年から、原告天野は昭和一三年から、いずれも建物所有の目的で定信から相馬市坪田字高松三二二番地(公簿面積は一反六畝歩であつたが実測面積は三反二畝二二歩ある)のうち、原告増子は本件甲地の部分を、原告天野は本件乙地の部分を賃借していたが、昭和二三年五月七日、それぞれの賃借地を自創法第一五条第一項による農業用施設として買収すべき旨を当時の八幡村農地委員会(以下「村農委」という)に申請し、村農委は右申請を相当と認めて、同年八月三〇日、本件土地の買収計画を決定し、翌日公告したこと、定信は同年九月一〇日、村農委に右計画についての異議を申し立てたが、村農委は右異議を棄却したので同人は、更に福島県農地委員会(以下「県農委」という)に右異議棄却決定について訴顧したが、県農委は同年一二月二九日右訴訟を棄却し、ついで定信は右買収計画取消等を求める訴訟を提起したが、請求棄却の判決が確定したこと、福島県知事は右計画に基づき買収の期日を昭和二三年一〇月二日とする買収令書を昭和二四年二月一五日村農委を通じて定信に交付すべく、同人に通知したこと、定信はそのころ村農委に出頭し、同令書の交付を受けて、その受領書および買収対価受領委任状を提出したことが認められ、右認定に反する〈証拠省略〉は前掲各証拠に照らし、措信し難い。買収令書の交付ができない場合には公告をもつてこれに代えることができるのであり、売買における代金の授受を重視する一般人の常識にてらすと、右令書交付当時買収計画について係争中であつたとの一事をもつて前認定を左右するに足りず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。以上の事実によれば、国は昭和二三年一〇月二日本件甲、乙両地の所有権を取得したというべきである。

二、 〈証拠省略〉および弁論の全趣旨を総合すると、原告らは昭和二三年五月七日、前記買収申請と同時に本件土地の買受けを村農委に申し込んでいたところ、村農委は昭和二三年一一月一八日売渡計画を決定して公告したこと、福島県知事は右計画に基づき、昭和二四年三月ごろ、村農委を通じて原告らに対し、売渡期日を昭和二三年一〇月二日とする売渡通知書を交付したこと、その後原告らは売渡代金を完納していることが認められ、以上の事実によれば原告らはそれぞれ本件甲、乙両地の所有権を昭和二三年一〇月二日に取得したものというべきである。

三、ところで、被告は、昭和四二年一二月七日定信から本件甲、乙両地の贈与を受けたと抗弁し、〈証拠省略〉によれば、右主張事実を認めることができ、他にこれに反する証拠はないから、被告は、原告らに対し一応対抗要件の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者にあたるというべきである。

四、そこで、この点に関する原告らの再抗弁について順次検討する。

1  原告らは、右贈与は通謀虚偽表示であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

2  つぎに原告らは被告は背信的悪意者にあたると主張するので考えてみると、〈証拠省略〉によれば、被告は定信の二女であり、定信の所有する不動産のほとんど全部を引き継ぎ農業を経営していること、被告は定信と原告らないしは村農委(これを引き継いだ相馬市農業委員会)との間の本件甲、乙両地に関する紛争をその当初ころから知り、これに関与していること、右不動産中本件甲、乙両地以外のものについては、遺贈により定信の死亡後である昭和四五年五月一三日に所有権移転登記の申請をしているのに対し、本件甲、乙両地については、前記贈与にもとづき昭和四二年一二月一一日に所有権移転登記の申請をしたこと、右登記後被告は、相馬市農業委員会に対し、本件甲、乙両地は善意の第三者である被告が所有者となつたので本件の紛争から手を引いてもらいたい旨申し入れていることが認められる。右事実によれば、右贈与がなければ被告は相続人として定信と同一の地位に立たねばならないのであり、早くから本件紛争を知悉し、右贈与ないし所有権移転登記により原告らの対抗要件を失わせることまで意識していたかどうかはともかく、少くともこれによつて原告らに対し有利な立場に立つことを認識しており、結果的には原告らの対抗要件の取得を妨げているのであるから、被告はいわゆる背信的悪意者として、原告らは対抗要件なくして、被告に対し、その本件甲、乙両地の所有権を主張することができると解するのが相当である。

五、ところで被告は本件土地について、原告らと直接の取引関係に立つものでないとし、原告らが被告に対し、所有権移転登記手続を求めることは中間者を無視するもので許されない旨抗弁するが、前認定のように、被告に対し所有権を主張することのできる原告らが、登記名義を有することにより原告らの所有権を妨げている被告に対し、真正な登記名義の回復のため所有権移転登記手続を求めているのであるから、中間者の登記を省略することは許されると解する余地があるのみならず、本件において中間者である国は前認定のように売渡代金を全額受領し、かつ、本訴に補助参加し、中間省略登記について何ら異議を述べていないのであるから、かりに中間省略登記にあたるとしても、これが許される場合であるということができるから、被告の右主張は理由がない。(また、被告は、定信は国に対して所有権移転登記義務がないから、被告もまた登記義務はないと主張するもののようであるが、前示のように原告らはその所有権にもとづいてその効力を妨げている被告に対してその妨害の排除として、所有権移転登記を求めているのであるから、被告の右主張はその前提を異にするのみならず、農地の買収において国に対し通常の所有権移転登記手続に代わる便法として登記の嘱託という方法が認められたからといつて、直ちに移転登記請求権自体が消滅したとするのは飛躍があり、登記請求権はなお存在しその利益のあるかぎりこれを行使することができるというべきである。)

六、以上の次第により、その余の点について判断するまでもなく、被告は、原告増子に対し本件甲地について、原告天野に対し本件乙地について、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をすべき義務あるものというべく、原告らの主位的本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 丹野達)

物件目録〈省略〉

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